犬の気持ちがわからないとき、飼い主である人間はとても困りますが、犬にとってはそれ以上に命取りにもなりかねません。
アイリッシューセターのフィニガンの場合がその例でした。
フィニガンは、メラニーという女性が経営する犬舎で育てられた、美しいアイリッシューセターです。
メラニーは思いやりのある良心的なブリーダーで、見た目が美しいだけでなく、温和で陽気でがまん強い犬を数多く育てあげてきました。
それを考えれば、フィニガンを購入した家から苦情の電話を受けたときのメラニーの動揺も察しがつきます。
飼い主はフィニガンの気性が荒すぎると苦情を言いました。
訪問客やほかの犬たちに跳びかかり、歯をむきだすというのです。
この問題を処理するために、家族は訓練士を呼びましたが、訓練士は犬を扱いかね、攻撃的な行動をやめさせることができませんでした。
そのあげく、訓練士は犬を安楽死させることを勧めたのです。
家族はそうはしたくなくても、これ以上フィニガンを飼い続けられないと判断しました。
メラニーは売った値段で犬を引き取ることにし、自分のもとに送り返してほしいと頼みました。
メラニーは私に電話をかけてきました。
『攻撃的な犬はこれまで扱ったことがないんです』と彼女は言ました。
『引き取るときに、一緒にいていただけないでしょうか?私ひとりでは押さえきれないかもしれないので』
メラニーの育てた犬が攻撃的になるとはちょっと考えられなかったのですが、あまり不安そうなので、フィニガンを引き取る手伝いに出かけました。
そのときの装備は、ほぼどんな攻撃的な犬にも対処できるものでした。
丈夫な引き綱を二、三本、装着のかんたんな首輪、頭絡、口輪、さらには大きな毛布まで用意しました。
犬が暴れたときその毛布でくるんで押さえつけ、動きを封じる装具をつけるためです。分厚い革手袋も用意しました。(私は実際に何度かそれで皮膚を守った経験があります)
フィニガンを乗せたトラックが到着すると、私は褐色のプラスチック製運搬用ゲージをのぞきこみました。
聞こえてきたのは、威嚇するような唸り声ではなく、クーンという興奮した声だけでした。
それでも用心しなくてはと、ゲージの扉をゆっくり開けました。
赤毛の犬が嬉しそうに跳び出してきて、あたりを見回し、自分の居場所をたしかめました。
そして、大きな口に並んだ歯をすっかりむきだしました。
とっさに笑い出した私に、メラニーはびっくりしていました。
犬の言葉がわからない人は、突然四十二本の真っ白な長い歯を目にすれば、攻撃の表現と受け取りがちです。
しかし、犬が歯を見せるとき、その見せ方はさまざまで、このときのフィニガンはじつは服従を表現し、相手の気持ちを和らげようと薄笑いを浮かべていたのです。
その表情が意味するものは
『消えうせろ、さもないと噛みつくぞ』ではなく、
『ご安心を。わたしは出しゃばりません。ここではあなたがボスだって、わかってます』だったのです。
若いセター犬ならではの活発さから、フィニガンは人間やほかの犬たちに跳びつきました。
それも挨拶のひとつなのです。
フィニガンは、私たち人間という二本足の背の高い生き物の鼻面に触れたかったのですが、それには跳びつくしかなかったのです。
この行為が威嚇と受け取られないように、さらに服従を表わす苦笑いの表情もしました。
家族や訓練士に『攻撃性』を矯正されればされるほど、彼は服従的になりました。
そして服従的になればなるほど、彼の『笑い方』は大きくなったのです。
人間が自分の信号を見すごしたのだと考え、必死で状況を改善しようと努めたのです。
もちろん、『笑い方』が大きくなるほど、彼の歯はいっそうむきだされました。
フィニガンの家族は犬が伝えようとしたことを、理解しそこないました。
彼らが訓練士の勧めに従っていたら、このハンサムな赤い犬は若くして墓に眠ることになったでしょう。
フィニガンは、現在べつの家族としあわせに暮らしています。
メラニーの話では、彼はいまでも少しばかり笑ったり跳びついたりしますが、新しいご主人たちにはその意味が伝わっているということです。
彼らはフィニガンの意図を理解し、安心して彼を愛しています。
『犬語の話し方』スタンレー・コレン著より引用
近所のお宅に人間大好きなグレートピレニーズ(ホワイトくん)が居た時のことです。
あるとき、体重60キロ以上はあったと思われるホワイトくんが家の前を通りかかった男性に立ち上がって飛びつきました。
その男性は犬が嫌いだったらしくパニックになってホワイトくんを蹴って逃げたそうです。
愛犬の性格を知っている飼い主さん的には蹴られたことは心外だったようですが、自分の背丈ほどもある超大型犬に飛びつかれた犬嫌いの男性は襲われたと思ったことでしょう。
笑い話では済まされない出来事でした。