世界中に主人の帰りを待ち続ける犬の話はたくさんありますが
日本ではハチが有名ですね。
東京帝国大学教授の上野英三郎に飼われていた秋田犬のハチは、よくご主人を見送りに駅までお供をしました。
そして犬独特の体内時計で、毎日午後3時にご主人を迎えに駅へ行きました。
しかし、1925年5月25日、上野教授はもどって来ませんでした。
その日の午後、大学で急逝していたのです。
忠誠心の強い秋田犬ハチは、その日真夜中まで駅で待ちました。
翌日からその後10年のあいだ、ハチは駅へ行って愛するご主人を夜まで待っては、一人で家に帰りました。
なにがあろうと毎晩見張りを続けるハチを、誰もとめることはできませんでした。
この忠誠心あふれる行動に胸を打たれた人たちが、ハチに食べ物と水を与えました。
1935年に息を引きとるまで、ハチは毎日欠かさず駅に姿を見せました。
1934年には、ハチの銅像が渋谷駅前に建てられました。
そして戦争で像が破壊されたあとも、1948年にもとの銅像を作った彫刻家の息子の手で新たに復元されました。
ハチが上野教授と暮らしたのは1年ほどでしたので、その忠誠心の強さが伺えます。
アメリカでは、ご主人を待ち続けた犬がモンタナにいました。
1936年の夏の終りに一人の男性が死亡し、その亡骸がグレートノーザン鉄道の霊柩車両に乗せられました。
その場に居合わせた会葬者は、死亡した男性の愛犬シェップという名のコリー1頭だけで、犬は列車に乗り込もうと必死に扉をひっかいていました。
列車が東へ向けて走りだすと、コリーは悲しげに啼き声をあげました。
その後シェップはご主人の帰りを待つために、停車場の下に穴を掘って居場所を作り、駅に入ってくる列車を見張りはじめました。
モンタナのきびしい冬のさなかにも、彼は列車が着くたびに駅へ行き、わずかに尾を振りながら降りてくる乗客一人一人を目と鼻で確認し、「待つ相手」が見つからないと、がっかりした表情を見せました。
一人の車掌がこの話を新聞社に伝えて報道されたあと、たちまち各地からシェップのために食糧や寄付金が送られはじめました。
5年以上にわたってシェップは待ち続けました。
そしてしだいにシェップの体は固く、動きはにぶくなっていきました。
1942年の1月12日、彼は線路の上で西から列車がやってくるのに気づいていたのに、かすんだ目と老いてこわばった足のため逃げきれず、はねられて命を落したのです。
その後、鉄道員たちが出資してコンクリートで彼の像を作り、グレートノーザン鉄道はこの忠太を讃えて、何年ものあいだ夜間にはこの像を照明で照らしました。
その銅像が観光スポットになったハチと違い、シェップの場合は像以外にも忠誠心を後世に伝えるものが誕生しました。
コリーの献身的な行為に感銘した人たちから寄せられた寄付は、かなりな額にのぼりました。
彼の死後その資金はモンタナの耳が不自由な子どもたちの学校へ寄付されました。
現在でも、この「シェップ資金」は、子どもたちに補聴器や盲導犬を提供する基金や教育援助金として使われています。
犬には死の意味がわからないかもしれません。
しかし、彼らは忠誠心、信頼、愛情が尊いものであり、命をも超えることを知っています。
「犬があなたをこう変える」スタンレー・コレン著 より引用
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