父が退職したのを機に、私の両親はそれまで暮らしていたフロリダ州のタンパを離れ、私と妻が暮らすノースカロライナ州へと住まいを侈しました。
州西部の町、アシュビル市の山あいの町に住み、山へ10キロほどの散歩をしに出かけるのが父の日課となりました。
いつもの散歩道、父はある家の庭先で、一匹のオス犬がチェーンで体をぐるぐる巻きにしているのを見つけました。
オーストラリアン・シェパード雑種犬のようです。
見かねた父は犬の方へと歩み寄り、チェーンをほどいてやりました。
そして、ひっくり返った水入れに、新しく水を入れてやったのです。
この出会いをきっかけに、その犬と父はすっかり意気投合するようになりました。
父はその家の前を通る度、必ず声を掛けてやるのでした。
ある日、いつものように犬とあいさつを交わした後、父は再び歩き始めました。
しかしそれからわずか数分後、ふと父が振り返ると、犬がぴったり後ろについて歩いているではありませんか。
父が犬を連れて飼い主の家まで引き返すと、家の人は礼を言い首輪にチェーンをつなぎ直しました。
しかしそれですっかり味をしめたのでしょう。しょっちゅうチェーンを引きちぎっては脱走し、どこを歩いているかも知れない父を探すようになりました。
それだけでは飽き足らず、山道を下りて父の家までやって来るようにもなりました。
ポーチにちょこんと座り、ガラスの引き戸の向こうに見える父の姿をじっと目で追い続けるのです。
それでも父は、よそ様の犬だからと、頑として家の中へは招き入れず、決してエサも与えようとはしませんでした。
そして晨後はいつも、1キロほどの道のりを歩いて、飼い主の家まで送っていくのです。
犬は父の家に通いつめました。
雨が降ろうが、風が吹こうが、おかまいなしです。
雪が60センチも降り積もる中、ポーチに何時問も居座り続けたこともありました。
父はやがて立ち上がると、コートを着込み、ブーツをはいて、雪深い山道を家まで送り届けたのでした。
そんなふたりの様子に、ついに飼いしが切り出しました。
「この犬の世話は、あなたがしてくれているようなものです。
この犬もよほどあなたのことが好きなんでしょう。
たぶん、私たちなんかよりもずっと。」
こうして父と母は、その犬を家族の一員として迎えることになったのです。
名前は「オージー」
そして、ニックネームは「ラブハウンド」愛しの父のお尻を追いかけてばかりいる「甘えん坊」という意味を込めて。
父が大きなひじ掛け椅子に腰かけると、オージーはその足元に寝そべって、じっと父を見上げげます。
辛抱強く注がれ熱い視線に最後は父が根負けし、手を伸ばして頭をなでてやります。
30キロもある巨体を揺らして、父の膝の上に乗ろうとする姿も、なかなかの見物でした。
前足を片方ずつ、そろりそろりと父の膝の上に交互に置いて、何とかよじ登ろうと四苦八苦。
その様子が何ともおかしくて、思わず笑ってしまうのでした。
父とオージーは、ほとんど休むことなく、来る日も来る日も山に出かけました。ふたりの散歩は何年も続きました。
そんなある日のことでした。末期の肝臓がんであると、父が宣告を受けたのです。
残された時問は、長くて1年、短くて半年。
私は妻、母とともに、がんセンターで治療を受ける父に付き添い、フロリダへと車を走らせました。
そこではじめて、父は重い口を開きました。
1年以上も前から、痛みと叶き気に苦しんでいたのだと。
私たちに心配をかけまいと、そんな素振りは全く見せずず、父はひとり、痛みと戦っていたのです。
容態は悪化の一途をたどるばかりでした。
オージーはそんな父のそばから離れようとしませんでした。
ベッドの脇で最愛の人に付き添います。
ついにはベッドから起き上がることさえできなくなった父に、オージーはひたすら、寄り添い続けました。
残された時間を慈しむように・・・
悲しみを全身にまとうオージーの姿は、見ていて痛々しいほどでした。
食欲もなくなりました。
用を足すために私たちが外へ連れ出してやっても、何かに追いたてられるように、慌ただしく病室へと駆け戻ります。
宣告を受けてからわずか10週間で、父は息を引き取りました。
天国へと旅立つその瞬間も、オージーはベッドの下で、ただ静かに、父を見守っていたのでした。
オージーは父の死を悼み続けました。
本来のやんちゃな姿は、すっかり影をひそめてしまいました。
それでも時が経つにつれて、少しずつ、ほんの少しずつですが、父の死という現実を受け入れ始め、ようやく生きる気力を取り戻したようでした。
しかしその後もオージーは、父を忘れることは決してありませんでした。
オージーは私たち夫婦が引き取ることになりました。
しかし、私たちがどれほどオージーのことを愛していても、オージーが大好きだった父のようには、一緒に過ごす時間を十分に作ってやることはできませんでした。
父との別れから数ヶ月が経ったある日、自宅の地下の物置きから懐かしいものが出てきました。
白黒写真を厚紙に張り付けた、父の実物大のパネルです。
イベントか何かで使ったものなのでしょう。
追悼の意も込めて、急きょ部屋へと持って上がり、飾ることにしました。
飛んできたのはもちろんオージーでした。
父の姿を見つけると、しっぽちぎれんばかりに振り始め、期待で輝く目で、一心に父の顔を見上げています。
オージーは動かぬ父の足元にぴたりとくっついたまま、いつまでも、いつまでも、過ごしたのです。
『犬がくれた大切な贈りもの』より
犬は人と暮らすために生まれてくるのではないか?と思えるほど人に寄り添ってくれる存在ですね。
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歩けなくなった子も元に戻りました。
いつまでも愛犬と一緒に散歩が続けられますように。