これは、ドイツでジャーマンシェパードとコリーの間に生まれた犬が語るお話です。
「雑種だからきれいなんですね」と言われるのは嬉しいが、
「雑種にしてはきれいですね」と言われると、
私は褒められたのか、けなされたのか分からない。
犬の社会では純血だとか混血だとか犬種差別はないが、
人間の社会では純血種の犬を大事に扱い、雑種を粗末に扱う習慣があるらしい。
動物保護施設にひきとられるのもほとんどが雑種である。
人が純血種の犬をことのほか大切にするのは、
初めに何百マルクとか何千マルクとかを出して買ってくるためで、
雑種はたいていは無料で、しかももらってくれる人を探すことが多いので、
そのために飼い主のほうでも扱い方が粗雑になるようだ。
だから心ある動物愛護者は雑種でも人にタダではやらないという。
しかし犬を飼うに当たっての出費を考えたら、雑種であろうが純血種であろうが、餌代、税金、保険、予防注射を含めた医療費および、犬小屋あるいは屋内用ならバスケット、首輪、引き紐など犬の必要経費は全部同じようにかかるわけだから、初めに払う費用は本当はあまり問題ではないと思う。
もっとも、純血種をつくる必要性があるのは私にも理解できないことはない。
狩を職業にする猟犬や羊のお守をする牧羊犬などは特殊な技術が必要となるので、犬の中でもそういう特技を待った犬同士をかけ合わせて次第に改良していき、それぞれの職業に合った犬種がつくり上げられた。
純血種の場合は、ある程度どんな大きさの成犬になるか、どんな性質の犬になるかがわかるので、飼い主の方でも希望にかなった種を選ぶことができるという長所がある。
ペットにする場合でも、小さな予供がたくさんいる家庭、お年寄りが一人で飼う場合、町の中のマンションで飼う場合、暑い国、寒い国で飼う場合など、純血腫の中からそれぞれの環境にふさわしい犬を選べば、だいたい間違いがない。
ところが雑種の場合は、成長してみないとどんな犬になるかわからないから、ある意味では冒険であろう。
親を見ればほぼ想像がつくといえど、実際はどんな姿のどういう性質の犬に成長するかわからないのは人間の赤ちゃんと同じで、一方では楽しみでもある。
ただし血続書つきでも何代にもわたったいかめしい犬には、デリケートな気性を持った犬がいるので、犬を飼うことに慣れている人ならばともかく、初心者には手に負えないことが往々にしてある。
それに比べると、雑種は一般的に適応性のある安定した気性の犬が多いので初心向きとも言われる。
ところで、雑種は頭が良いか悪いかという点であるが、これは容易に決められない。
雑種はとにかくどこの国でも犬種の中でいちばん多い種だから、頭の良いのも悪いのもいる。
しかし、とくに雑種の場合は飼い主が無関心でいるために、「うちの犬はお馬鹿さんだ」と思い込んでいる人がかなりいるのではないだろうか。
犬は飼い主からいろいろ教えられて学ぶことも多いが、かなり独学もする。
しかしせっかく独学したことでも、家族の反応がなければその能力を発揮できない。
私は知能の方はまず並であろうと思う。
しかし好奇心があって何でも吸収する幼犬の時期から、私の家族がいろいろ教えてくれただけでなく、独学したことに対してもすぐに発見してほめてくれたり、叱られたり、とにかく反応を示していつも私に関心を持って接してくれたので、平均以上の能力を身につけることができたと思う。
それと反対にいくら血統を誇る純粋犬でも、飼い主が放任して刺激のない生活をしていたら、才能が開発されないまま一生を送ることになる。
一にもニにも犬のよし悪しは飼い主による比重が大きいと思う。
【犬種の基準】
ただ一つ、純血種についてどう思っても感心できないことがある。
それは改良を加え過ぎた結果、犬自体が苦労する場合である。
例えば極端に胴長の犬種にし、体重がかかりすぎるために椎間板ヘルニアになってしまったダックスフントの友達が、附段の昇り降りがつらいとこぼしていた。
犬は安産の象徴であるにもかかわらず、犬種によっては骨格の変形により人の手を借りないと交配も出産もできないものも出てきた。
公園でよく会うイギリス生まれのブルドッグのベティーが、お産を間近にひかえたある日、帝王切開をするために入院するといっていた。
また純血種についてはさまざまな容姿の基準にこだわって一種の「成形手術」をほどこすことがあり、これも感心できない。
オールド・イングリッシュ・シープドッグやコッカー・スパニエルなどはしっぽが短くないと醜いそうで、せっかく親から貰い受けた長いしっぽも切らなくてはいけないという。
大昔、労働に従事する場合に長いしっぽでは危険なので、断尾の習慎がはじまったとはいえ、現在、作業犬として飼うわけでもないのに、ただ犬種のスタンダードの美とかを保つために、意思の伝達手段でもある大事なしっぽを切ってしまうのは、どう思っても人間の勝手のように思える。
ましてやボクサーやドーベルマンにほどこした断耳は考えただけでも身震いがする。
さすがに最近こちらの方はドイツでも禁じられてきた。
ある日のことだった。私は散歩中コッカー・スパニエルに似た犬に出会った。
遊びざかりの若犬で、私たちが戯れている間、飼い主たちは話をしていた。
「お宅のはコッカー・スパニエルですか?」
「そのはずだったんですよ。
両親とも血統書つきで、由緒のある犬だと、高い値段で買ったのですよ。
ところが育ててみたら純血じゃないのです。
ブリーダーにいわせると、知らないうちに他犬の血が入ったらしく、
これはブリーダーの責任だから純血のスパニエルと交換します。といわれたけれど、
もう数ヶ月もたつと情が移るし、この子は大変気立てのやさしい犬だし、
もうちゃんとした家族の一員で、もちろんそのまま飼うことにしたんですよ」
「数ヶ月たって交換するなんて品物でもないし・・・」
「そうなんです。別に純血、雑種は関係ないですよね。犬は気性が第一です」
「断尾はすんだ後だったのですか」
「ええ、これはブリーダーのところでしますからねえ。こんなことがわかっていたら、断尾もさせなかったのですけれどねえ」
スパニエルはもう少し早くく飼い主のところへ来たかったと、こきざみに激しくしっぽのないお尻を振っていた。
【雑種がいいか、純血種がいいか】
雑種の自慢をするわけでぱないが、純粋種に比べて雑種には健康な犬が比倒的に多い。
これには確乎たる理由がある。
自然界の野生の動物にも見られるように、雌はさかりになつて雄を引き寄せる力を持っているが、その中の誰でも相手にするわけではなく、子孫繁栄のための法則にかなう健康なパートナーを選ぶ。
だから生まれてくる子供も健康なものが多い。
純血種の犬は人間によって選ばれたカップルから生まれる。
もちろん健康な優秀な犬が選ばれることを原則とはしているが、実際にはみながみな良心的なブリーダーではないし、お金もうけのためとなれば少し弱い犬でも交配させてしまう。
だから虚弱な犬、悪い遺伝子を持った犬も生まれる可能性がある。
珍しい犬種の場合は交配の相手をさがすことはかなりむずかしい。
そうなれば結果として近親交配が行われる可能性も多くなる。
近親交配の場合はよい遺伝子が残る代わりに、悪い遺伝子も出やすくなる。
雑種に健康な犬が多い理由がもう一つある。
野生の狼の場合は、弱い子供、即ち乳を吸わない子供や、兄弟に先を取られていつも餌にありつけない子供、獲物を追跡する力のない子供などは、極端な場合は仲間に殺されてしまうし、そうでなくとも自然に餓死する。
これはずいぶん無惨なことに聞こえるが、優秀な子孫を残すために他の生物にもみられる自然淘汰の法則である。
しかし純血犬のブリーダーにしてみれば、せっかく生まれた仔犬はできるだけ全員育てたいのが人情で、いつも兄弟にのけものにされて餌のもらえない仔犬に同情し、別にミルクや餌を与えてしまう。
だから仔犬はみな生存のチャンスが与えられる。
何にしろ一匹何千マルクもする犬の場合は生まれた仔犬が全部売れるように育てるのはブリーダーとしても当然のことである。
そのために先天的に身体が弱い犬でも、飼い主はそれを知らずに買っていくことも多い。
雑種の場合は、同腹の中で健康な仔犬だけに生存のチャンスを与える飼い主が多い。
私が生まれた時は8匹兄弟だったが、そのうち2匹は生まれてまもなく処分されたそうだ。
それを聞いた家人は初めはショックを受けたらしいし、場合によっては動物保護法にひっかかって罰せられる可能性もあるそうだが、健康な犬だけを後世に残そうとする賢明な措置だったようである。
このような事実を知れば、純血種に比べて雑種には健康な犬の確率が高いことも納得できる。
公園をへだてた向こう側に住んでいるシェパードは、若犬なのに成犬のような落ち着きがある犬だと密かに尊敬していた。
別に遊び友達といえる仲ではないが、私たちはよく一緒に並んで散歩することがあった。
ある日、散歩の途中、シェパードが公園で突然座り込んでしまったので驚いた私の飼い主が、
「どうしたんですか。お宅の犬」
と飼い主に聞くと、
「うちの犬は先天的関節障害で歩行困難なのです。獣医さんの請求書の方が家族のかかりつけの医者から来る請求書より多いんですよ。獣医さんは保険がきかないし・・・」
とこぼしていた。
「そうですか。身体はがっちりしているのに」
「雑種は健康でいいですよ。特にジャーマンーシェパードは過剰繁殖があるから気をつけないといけません」
といってシェパードを痛ましげに撫でた。
それからまもなくプッツリとその犬に会うことがなくなり、彼の家の前を通っても一度も吠えるのを聞かなくなったので、どうしたのかと心配していたのだが、人伝てに聞くと、その犬は痛みがひどくなったので、これ以上苫しませてはかわいそうだということで、獣医の手で安楽死させられたということだった。
ドイツにはさすがにジャーマンーシェパードがたくさんおり、麻薬をかぎつけるスターの警察犬、優秀な盲導犬、涙を誘う忠犬など、新聞を賑わす犬たちはほとんどがジャーマンーシェパードで占められている。
またシェパードの飼い主は代々シェパードを飼う人が多いのも、この犬種に惚れこんでいる証拠であろう。
一方この犬種は人気があるので過剰繁殖の結果、遺伝的に好ましくない犬が少なからず出てきたとも聞く。
ジャーマンシェパードに対する評価は極端に分かれている。
『ドイツの犬はなぜ幸せか』より引用
(現在なら雑種犬をMIX犬と表現すべきと思いましたが原文そのまま使用しました。)
この記事は2000年に書かれたものなので情報は少し古いですが、健康体が雑種に多い理由がわかるような気がします。
純血種は信頼できるブリーダーさんから迎え入れたいですね。
この子は、ペットショップから迎え入れました。純血種です。
両方の後ろ足が『先天性膝蓋骨脱臼』で手術が必要でした。
幸い片足だけで済みましたが、同腹の子にも居たかもしれません。
親犬がわからないペットショップから買うことが不勉強だったと思います。