犬のあくび
あくびは脳に酸素を多く送り込んで目を覚まさせる働きをします。
生理学的には、犬のあくびは人間のそれと同じです。
だから犬も人間と同じように、疲れるとあくびをするのです。
ところが、犬のあくびには、そのほかに数々の意味があるのです。
ストレス
これはよく知られていることですが、ストレスを感じた犬はよくあくびをします。
服従訓練のクラスで、犬がご主人から叱られたり、手荒に矯正されたりすると、たちまちあくびをするのをよく目にします。
すわれ、持て(ステイ)、伏せ、などの訓練で犬が二、三歩踏み出したときに、そこで犬が立ち止まるのか、いきなり走り出すのか判断がつかないことが多いのです。
そのため慣れない訓練士は、犬に向かって「ステーーイ!」などと、最後の審判さながらの脅すような厳しい口調で号令をかけます。
犬がその場を動いたら命にかかわりかねない勢いで。。。
初級クラスでは、離れて立つご主人の前で「すわって持て」の姿勢をとらされた犬たちが、よくあくびをします。
飼い主がもっと穏やかな声で号令をかけるようになると、犬はたいていあくびをしなくなります。
というわけで、あくびは「緊張して不安だ」「落ちつかない気分だ」という意味に解釈できます。
友好・和解
あくびで最も興味深いのは、それが相手の気持ちを鎮めるためにも使われる点です。
あくびには、恐怖、支配性、攻撃性の要素はありません。
威嚇と正反対のものです。
相手から攻撃的な威嚇の信号で脅された犬が、あくびで反応する場合もあります。
人間はそれを見て自信のある犬が平然としている、あるいは退屈しているなどと受けとりますが、実際には和解のメッセージなのです。
といっても、あくびは服従の合図ではないのです。
威嚇している犬は、相手のあくびを見るとすぐに攻撃的な態度をやめます。
つぎにどんな行動をとるべきか迷うようなそぶりを見せ、やがてためらいがちに挨拶や接近行動を始めます。
それとはべつに、優位の犬があくびで相手の気持ちを鎮めることもあります。
たとえば優位の犬が、食べ物などを必死で守っている劣位の犬に近づいた場合。
その優位の犬があくびをしたら、それは穏やかな無関心の合図なのです。
それによって相手を安心させる効果があるようです。
犬は人間のあくびも読みとります。
あるとき私は、人の性格と犬に対する好みというテーマで討論するテレビ番組にゲストとして参加しました。
何人かの人が犬を連れてきていて、自分と愛犬との関係と、その犬を選んだ理由について質問を受けることになっていました。
私が案内されたステージには、犬を連れた人たちがすでに待機していました。
ライトが煌々と照らされ、知らない人たちが慌ただしく動き回る中で、犬たちはかなり神経をとがらせていました。
私の席は、司会者と大型のロットワイラーを連れた女性のあいだでした。
私が座ると、ロットワイラーは低い喉声で唸り、唇をめくりあげて歯を見せ、私をじっと見すえました。
彼はすでにこの慣れない場所を不愉快に感じており、よそ者が無遠慮にも自分のすぐ近くに座ったことで、ついにがまんしきれなくなっていたのでしょう。
彼は私に引き下がって場所を明け渡すようにと命令していました。
あいにく無理な話でした。
しかも、あと二分で本番というときだったから、初対面の犬に私がよくやる挨拶の儀式を実行する時間もありませんでした。
ほかに手はなかったので、私は顔をそらして犬と視線を合わせるのを避け、はっきり見えるように大きくあくびをしました。
犬は私を見つめ目をしばたき始めました。(アナタに敵意はありませんの意思表示)
私もまばたきをすると、犬は静かに床に寝そべって頭を私の靴の上にのせ、威嚇はおさまったのです。
そのとき以来、攻撃のかまえを見せる犬を前にしたときは、私はときどきあくびを使い、ほかの人にも勧めるようになりました。
たいていの場合、あくびをしたあと親しげな挨拶をすれば、犬は敵意を引っ込め、攻撃的な態度をやわらげます。
人前であくびをすると、人間同士のあいだでは(行儀の悪い)行為と受けとられます。
しかし、犬同士のあいだでは、あくびは会話の一部であり、和解の手段なのです。
『犬語の話し方』スタンレー・コレン著より引用
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