老化の原因はどうあれ、犬(および人間)の脳や神経組織は年齢とともに変化します。
老犬の脳は若い犬よりも小さくて軽いです。
その差はかなり大きく、年取った脳のほうが25%も軽いのです。
この違いは、かならずしも脳細胞が死んだせいではありません。
実際に私たちが神経細胞の中で失うのは、神経細胞同士をつなぐ枝の部分(樹状突起、軸索突起)が多いのです。
加齢とともに、細胞間の連絡がとぎれはじめるのです。
脳を複雑な配線をもつコンピュータと考えれば、線の接続がわるくなったために中央の処理装置のさまざまな回路が機能しなくなるわけです。
神経学者はこの現象を、使われなくなったり必要がなくなったりした枝の『剪定』と呼んでいます。庭木の枝の剪定と同じです。
脳の大きさや重量が減る原因は、これらの枝の減少が主なのです。
この加齢による変化は犬も人間と同じです。
そのほかに、加齢によって神経組織内のある場所からべつの場所へと情報が伝達される速度が目立って遅くなり、反射作用も鈍くなります。
カンザス州立大学獣医学部のジェイコブーモーザーは、この加齢による変化は犬も人間とおなじであることを観察しました。
健康な若い犬では、神経組織内の情報伝達速度が時速360キロであるのに対し、老犬では時速80キロだったのです。
さまざまな計測によって、神経細胞の働きが加齢とともに遅くなることもしめされています。
脳スキャンの技術を使うと、代謝される血糖(ブドウ糖)の量で、脳細胞がどれほど活発に反応しているか測ることができます。
ある研究では、何頭かのビーグル犬の脳を調べて、代謝されたブドウ糖の量が比較されました。
判断や評価、問題解決の大半がおこなわれる脳の前頭部では、3歳を過ぎるとブドウ糖の代謝量が徐々に減りはじめました。
犬が14歳から16歳になるころには、代謝されるブドウ糖の量は若い犬のおよそ半分に低下していました。
代謝量の減少にくわえて、長期的記憶に直接影響をあたえる酸素の補給量も減っていました。
脳全体の細胞活動が加齢によって衰退するが、部分によってその衰えが速かったり遅かったりすることもわかりました。
ゆたかな刺激があれば脳は甦る
脳にゆたかな感覚的刺激(視覚、聴覚、嗅覚、触覚をとおして)をあたえ、問題解決や取捨選択の機会を増やすと、加齢による変化を抑えることができる。
それを実証したのが、イリノイ大学心理学部のウィリアムーグリーノーの研究室でした。
彼は研究にラットを使いましたが、結果は犬(そして人間)にも適用できます。
彼はまず歳とって肥満体の、体調のわるいラットで実験をおこないました。
それまでずっと研究室のゲージの中ですごしたラットです。
単調で退屈な環境の中でラットはすることもなく、見たり聞いたりするものもほとんどなく、独房にいるようなものでした。
そのラットたちをアミューズメントパークのような、刺激的な環境に移しました。
この新しい場所にはスロープ、はしご、回転車、ブランコ、すべり台があるほか、さまざまな玩具や品物が天井から下かっていました。
しかもそこには交流できるラット仲間がいました。
予想どおり、最初のうちこの老いたラットたちは新しい環境に怯えたが、しばらくするとなにも怖いものがないことを学習しました。
いったんそれがわかると、彼らは探検をはじめました。
スロープやはしごをのぼり、すべり台、ぶらんこ、回転車、玩具を試しました。
そしてこの刺激的な世界で、ほかのラットとふれあいはじめました。
彼らは体重が減って健康になり、新しい環境の中で非常に楽しげに見えました。
しかし、もっとも驚いたのは、ラットの脳を調べたときでした。
彼らの脳には、研究室の退屈なゲージから移動されなかったラットたちよりも、多くの神経接続が見られたのです。
グリーノーは、部分によっては脳の神経接続が25%から200%増加したのを発見しました。
いくつかの点で、この発見は重要でした。
一つは、動物が老齢に達したあとも、神経細胞が接続を増やせるということ。
二つ目は、新たな経験や問題解決で脳を使い、脳を刺激することが、神経接続をうながすということ。
このような発見が、老いた犬(人間)にとって重要なのは明らかです。
加齢が神経細胞の再生やホルモンの分泌、DNAの健全な状態、身体組織全体にあたえる影響を食い止めることはできないが、私たちは犬が肉体や頭脳を鍛え、感覚により多くの刺激を受けられるよう、環境に配慮してやることはできます。
この刺激は、犬の脳の働きを高め、結果として老化を遅めることができます。
古い格言にある『寝た犬は起こすな』とは逆に、老いた犬には刺激をあたえて大いに考えさせ、体験させるべきなのです。
年を取ると脳内で化学的変化が起こり、行動や記憶や学習能力に影響がでます。
犬も人間も、細胞の核内にある小さな糸状の組織ミトコンドリアが、栄養分をエネルギーに変える働きをします。
そして加齢とともに、ミトコンドリアの力が弱まり、健全な細胞の働きにとって重要な化合物を酸化させる、化学物質の『フリーラジカル』を漏出しはじめます。
これらの化合物が失われると、細胞は危機に見舞われます。
繊維が退化し『アミロイド』と呼ばれる蛋白質の沈殿物が脳に蓄積されるのです。
アミロイドの蓄積量が増え、とくに死んだ細胞の堆積と結びつくと、アルツハイマー病の原因になります。
心理学者ノートンーミルグラムを中心にした研究チームがトロント大学でおこなった研究では、脳内に高レベルのアミロイドが見つかった犬は、記憶力が弱まっており、新しい学習、とくに複雑な思考や問題解決を必要とする学習がむずかしくなっていることがわかりました。
老化をふせぐ食品
これらの酸化体が漏れだして、犬の脳の機能が衰え、機敏な行動ができにくくなった場合、少なくとも理論上では、抗酸化物質を大量に摂取させれば、神経系の損傷を遅らせたり、抑えたりできるはずなのです。
抗酸化物質をより多く消化すれば、有害なフリーラジカルを中和させる手だてが体にあたえられます。
抗酸化物質は身近なもので、食品の中に酸化を抑制する化合物が四千種類以上あると言われています。
もっともよく知られてい抗酸化物質は、ビタミンC(アスコルビン酸とも呼ばれている)です。
ビタミンCは、身体の中の重要な化合物を酸化から防いでくれます。ただし、体内に蓄積されないので毎日摂取しないといけません。
ビタミンEは、細胞膜を酸化から守ります。
ベータ・カロチンは、ミトコンドリアの働きを促進します。
『犬も平気でうそをつく?』S・コレン著より
楽しい刺激と抗酸化物質が若返りの秘訣ですね。
エキサイティングな刺激を求めて行動しましょう!
シェアしていただけるとありがたいです。