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大切な友だった。盲導犬の一生

      2018/04/14

 

私の視力が突然落ち始めたのは、定年退職後の嘱託勤務を終え、これからはのんびりと旅行をしたり、趣味の囲碁でも楽しみながら暮らそうと思っていた矢先のことでした。

 

眼科医の診断は、視力が戻るのは難しく、今後、失明も覚悟しなければならない・・・というものでした。

 

この時、まだ63歳。

 

残された人生は、まだ長いはずなのに、その歳月を目が見えない状況で過ごさなければならないかもしねない。

 

私は、絶望感にさいなまれました。

 

その後、私の視力は次第に悪化し、医者が宣言したように、私の視界は臼濁していきました。

 

私は家の中に閉じこもるようになり、ただボンヤリと毎日を過ごすようになりました。

 

何かをしようにも、目が見えない状況に陥った私は、億劫で動くことをしませんでした。

 

食事も、トイレも、部屋の中を移動するのも手探り。

 

テレビも見えない、本も読めない。

 

趣味の囲碁もできない。

 

妻の顔も、息子の顔も見えない。旅行もできない。何もできない・・・。

 

「佐々木さん、盲導犬をご利用になられてはいかがでしょう?」

 

知り合いの医師から勧められたとき、私は「犬は無理です」と、とっさに答えました。

 

「盲導犬がいれば、外に出ることもできます、犬が佐々木さんの目の代わりになってくれます。世界が広がりますよ」

 

その医師は強く勧めてくれたのですが、私はなかなか首を縦に振ることができませんでした。

 

実は私は、犬が苦手だったのです。

 

私が生まれ育った家の隣に、大きな犬を飼っている家がありました。

 

私が小さくて、その犬もまだ子大だった頃、私は犬と遊びたくて、つい近づいてしまい、噛まれたのです。

 

さほど強く噛まれたわけではないので、大した怪我ではなかったのですが、幼かった私はひどいショックを受け、それ以来、犬がすっかり苦手になってしまったのです。

 

そんな経験があったため、私は盲導犬の導入を拒んでいたのです。

 

しかし、いつまでも妻に甘えてはいられません。

 

何もせず、何もできず、ただ家の中でじっとしている私を、妻は心配していましたし、妻にすべての負担をかけるのは、さすがに無埋がありました。

 

何をするにも妻がいなくてはできないのでは、妻は出かけることもできません。

 

こうして仕方なく、私は盲導犬を利用することにしたのです。

 

盲導犬との初対面の日、私にはその姿、が見えませんでしたが、犬からは、とても静かで、穏やかな雰囲気が感じられました。

 

「とても綺麗な目をした犬よ。優しそうで、賢そう」

 

妻が教えてくれました。

 

おずおずと触れてみると、凛とした気配があるにもかかわらず、毛並みが柔らかくて優しさ、が伝わってきました。

 

私の導犬は、「サム」という名のゴールデン・レトリーバーでした。

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まったく犬の世話などしたことのない私は、まず盲導犬の訓練センターで、世話の仕方や犬への命令の仕方、歩行訓練などを受けました。

 

最初はとまどうことばかりでしたが、4週間に及ぶ訓練で、私とサムの間には、細いながらも絆のようなものが生まれたように思います。

 

また、訓練という新しいことを始めたことで、目が悪くなって以来、初めて、私にやりがいのようなものが生まれました。

 

サムが我が家に来てからは、訓練士の方に教えてもらいながら、練習を重ねました。

 

最初の頃は、私との呼吸が合わず、サムもやりにくかったのでしょう。

 

私が物にぶつかったり、つまづいたり、行きたい場所にちゃんといけなかったりと、たくさんの失敗をしました。

 

そうすると、不思議なことにサムから申し訳ないという気配が伝わってくるのです。

 

こうして私とサムは、生活をともにしながら、少しずつ少しずつ、前に進んでいきました。

 

私の世話が下手で、サムが不快に感じたこともあったはずです。

 

でも、私はできるだけ自分の手でサムの世話がしたいと思っていました。

 

サムは、そんな私をじっと我慢して待ってくれました。

 

私たちは、一歩ずつですが、一緒に前進していったのです。

 

そんな生活が1年も過ぎた頃、私とサムは、同志のような関係になりました。

 

細かった絆が、太く確かなものになりました。

 

いつの間にか、息がピッタリの相棒になったのです。

 

私とサムは、毎日散歩を楽しみ、妻とともにスーパーに買い物に出かけました。

 

やがて私はサムがいれば、電車にもバスにも来れるようになり、息子が往むマンションで孫と遊ぶこともできるようになりました。

 

私は、サムとの生活が楽しく、サムがいれば、以前のようになんでもできるような気がしていました。

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サムは親友であり、家族でした。

 

「あなたは、最近、私よりサムが大事みたい」

 

妻は笑いながら拗ねていました。

 

サムのおかげて、我が家に笑い声が戻ったのです。

 

私とサムの生活は、それから7年ほど続きました。

 

私も歳をとりましたが、サムも歳をとったのです。

 

サムは一生懸命、私のために働いてくれましたが、いつしか、ちょっとした失敗をするようになりました。

 

それまでごく普通に私をリードしてくれていたのに、停止すべき場所を間違えたり、障害物があるのに、それを上手に伝えられなかったりするようになったのです。

 

「サムは、もう引退の時期です」

 

その様子を見た訓練士の方が私に告げました。

 

犬の成長は人間よりずっと早く、そのぶん、歳をとるのも早い。

 

死ぬまでサムと一緒に暮らせると思い込んでいた私にとって、この言葉は衝撃でした。

 

サムと別れなければならない。

 

ずっと一緒に過ごし、相棒であり、親友であり、家族であったサムと別れなければならないのです。

 

それでも私は、ずっとサムと暮らすことを望みました。

 

しかし、年老いた妻と目が見えない私の二人で、年老いた大型犬の面倒を見ることは難しいことでした。

 

サムも、自分の役割が終わったこと、自分は盲導犬としてもう役にたたないこと、この家にはいられないことを悟っていたように思います。

 

別れの日、私は、サムを抱いて泣きました。

 

心からの感謝の言葉をサムに伝えながら、サムを抱いて泣きました。

 

妻も泣いていました。

 

サムも、きっと、心の中で泣いていたと思います。

 

サムがいなくなってから、私は何もする気になれませんでした。

 

もう一度、盲導犬との生活を始めようとは思いながらも、サムのことが頭から離れず、新しい一歩を踏み出せずにいたのです。

 

そんな日々が半年ほど過ぎた頃、妻が私に言いました。

 

「サムに会いに行きましょう」

 

老犬ホームの方の話では、サムは最近、まったく元気がなく、あまり動くこともなく、どうも痴ほうが進んでいるとのことでした。

 

それでも私はサムに会いたかった。

 

会ってあの柔らかい身体に触れたかったのです。

 

私と妻は、サムが余生を送っている老犬ホームに向かいました。

 

「サム!」

 

私が声をかけると、サムは、私の元に駆け寄ってきました。

 

私の膝に顔を寄せ、私の顔を舐めてくれました。

 

サムは私のことをちゃんとわかっている。

 

サムはボケてなんかいない。

 

私は久々にサムにハーネスをつけ、ホームの中を散歩しました。

 

サムは、見事に私を誘導してくれました。

 

やっぱり、以前のサムだ。そう確信しました。

 

これからだって盲導犬としてやっていけるんじゃないか

 

もっと一緒にいられたんじゃないか。私に、そう思わせるほど、完璧な仕事ぶりでした。

 

どうしてもサムを引き取って、我が家で最後を迎えさせてあげたい。

 

私はそう思いました。妻も同じ思いでした。

 

年老いた私たちでは、サムの面倒は十分に見てあげられないかもしれないけれど、サムは私たちとの生活を望んでいる。

 

そう実感したからです。

 

一週間後、サムを引き取ることにしたのです。

 

でも、その願いは叶いませんでした。

 

サムに会いに行ったわずか二日後のことです。

 

ホームから電話があったのです。

 

サムが、今朝、息を引き取ったという連絡でした。

 

「一昨日のサムは、本当に嬉しそうでした。

普段はあんなに動かなかったのに、キビキビ動いて、私たちには、奇跡としか思えませんでした。

会えて、本当に嬉しかったんだと思います。

サムは、盲導犬としての最後の任務を果たし、満足したのかもしれません。

会いに来てくださって、本当にありがとうございました」

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盲導犬としての一生をまっとうしたサム。

 

私に、もう一度、生きる希望を与えてくれたサム。

 

最期まで一緒にいてあげられなくて、本当に悪かった・・・。

 

この詫びの言葉は、今度、天国でサムと会った時に伝えよう。

 

私も、この先、そうそう長くはないはずだ。

 

天国でサムと出会ったら、また二人で一緒に歩こう。

 

また、サムと一緒に暮らそう。

『犬のなみだ』より引用

 

犬の一生は人と比べると本当に短いです。

毎日、癒やしと元気をもらっている犬たちには

せめて長生きして欲しいので健康ゴハンと

美味しいトッピングで感謝してます。

健康ゴハン

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